
いじめによる死亡のニュースが後を絶ちません。
昨日(10月5日)もそんないじめによる死亡という悲惨な事件が報道されていました。
「6月、大阪府河内長野市の公園で暴行を受け続けた男性が意識不明で搬送され、1ヶ月後に亡くなった。大阪府警は傷害容疑で高校時代の同級生2人を逮捕。傷害致死罪で起訴された。捜査で明らかになったのは、高校時代から4年近くも続いた凄惨)な「いじめ」だった。」
記憶に新しいのは、
岩手県矢巾(やはば)町の中学2年の男子生徒(13)がいじめを苦に、2015年7月5日、JR東北線矢幅駅で進入してきた電車に飛び込んで自殺した事件。
生徒は担任教師と交換していたノートでいじめの被害を繰り返し訴えていたが、教師はそれを「無視」した返答を書き続けた。また、生徒が通っていた中学校の校長もノートのやり取りについて「担任から聞いていない」と話し、いじめの有無についても言及しないなど、その学校側の対応のひどさがまたこのいじめ問題を一層暗く悲しいものにしました。
他にも、検索すればいくらでも悲惨ないじめによる事件があります。
そして、こうした悲惨な事件が起こるたびに、ネットでは犯人探し。
識者は、学校や地域社会の対応批判。
政府は、いじめ防止基本方針策定協議会を開き、24時間子供SOSダイヤルなど設置します。
善意の人は、今、いじめられている人に対して呼びかけます。
"逃げていいんだよ!"って。
で、思うのです。
これを繰り返していても、いじめによる自殺や殺人はなくならないんだろうなと…。
違うと思うのです。
いじめをなくすために行くべき方向が。
初めに、文科省のいじめの定義を見ておきます。
「いじめ」とは、
「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。
いじめについて、こうも書いています。
いじめをなくすため、まずは、日頃から、個に応じたわかりやすい授業を行うとともに、深い児童生徒理解に立ち、生徒指導の充実を図り、児童生徒が楽しく学びつつ、いきいきとした学校生活を送れるようにしていくことが重要である。
※しかし、これでいじめがなくなりますかね?
先ほど、いじめをなくすために行くべき方向が違うと書きましたが、
これまですべてに共通するのは、いじめに対する目線です。
"一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けた!"
いじめは、受けるものなのです!
いじめは、すべて受けた側の視点から語られるのです。
識者、政府、善意の人、すべていじめを受けた側に寄り添って、何とかしなければと右往左往するのです。
もちろんそれは必要なことだと思います。
でも思うのです。
何かが抜け落ちていると。
・・・。
・・・・・。
そこに、イジメている側の視点がないのです。
イジメている者に対するメッセージがまったくないのです!
結局は、犯人探しと捕まった犯人の悲惨な生い立ち、または普通の環境、またはいかに裕福な暮らし振りだったかが興味本位で語られるだけ。犯人は、当然裁かれその報いを受けるでしょうが、それは、捕まった数少ない人だけです。
今、いじめられている少年、少女に皆は(識者、政府、善意の人)一所懸命呼びかけていますが、
今、イジメている少年、少女たちは野放しになっているのです。
イジメはよくない、それは世間の共通認識・常識ですので、あえて声高に言う必要はないのでしょうか?
いえ、イジメる側にとっては、イジメはよくないと心の底から思っていないからイジメているわけです。
イジメはよくない程度の中途半端なメッセージだからイジメる側はなめているのだと思います。
学校を、社会を、世間を、大人をなめているのです!
だから、イジメている側に対して、もっと厳しく辛辣なメッセージを世間が共有しなければならないのだと思います。
それは、例えば、こんなメッセージです。
今、あなたの周りにいるかもしれない誰かをイジメている人は、最低の人間です!
人間のクズです!(これは少し言い過ぎでしょうか?)
もしあなたの周りにいる誰かが、誰かをイジメていたら、いじめられている人ではなく、イジメている人を軽蔑してください。
あなたはまだイジメを続けるつもりですか? いつまで続けるつもりですか? 人として恥かしくないですか?
あなたの友人の中で、イジメをしている人はいますか? もしいたら静かにその友人から離れていってください。イジメをやめるまではその人は友人などではありません。イジメをする人間に本当の友情などできないのですから。
イジメをする人間は、一生幸せにはなれません。だから今すぐイジメをやめましょう!
勇気を出してイジメをやめれば、もっともっと多くの友人ができます!
といった感じで、(すみません、あまり良いメッセージが作れませんでしたm(_ _)m)
イジメている側に対するメッセージをもっと社会が発する。
少し過激なメッセージでもよいと思います。
いじめられる側は、みんな大人しくて、繊細で、不器用で、自己表現がへたくそで、
だから、両親に、先生に、ましてやSOSダイヤルになんて相談できないのです。
もしそんなことして、イジメてくるヤツにばれたらもっといじめられるかもしれないし、
そんな恐怖で一杯なんです。
とことん追い詰められている少年・少女に向かって、何か行動を起こせとか、その場から逃げろとか言ったってもう身動きが取れない状況なんですから、そもそも無理なんです!
だから、大人からの、社会からのメッセージは、
イジメている側にも、いじめられている側と同じくらいの訴えかけをしていくしかないのだと思います。
即効性はないでしょう。
しかし、いかにイジメることがひどいことなのか。
最低のことなのかを毎日毎日毎日言い聞かせていくこと。伝えていくこと。
それもあらゆる方向から、識者、政府、善意の人、いろんな立場から。
そしてイジメている側へのメッセージは、
なんとなく、雰囲気で、断り切れなくて、自分もいじめられてしまうから、などと
本意ではなくてもイジメに加担してしまっている少年・少女たちに、
"ああ、イジメって本当は(やっぱり)よくないことなんだ"と、
当たり前のことを思い出させる、認識させる、共有させるためにも必要なんだと思うのです。
もう一つ。
イジメる側にもそれぞれの事情があると思います。しかし、人を自殺にまで追い込むまでのイジメに、そんなイジメる側の境遇(それがどんなに悲惨であったとしても)などどうでもいいのです。
そんなこと知りたくもありません。
境遇のせいにしていたら、似たような境遇の人間はすべてイジメる側になることになります。
しかし実際はそんなことありません。
まったく減る様子のない"いじめ"に対して、
なんていうか、いじめられている側に対する要求(相談しろ、逃げろ等々)が、実際には結構ハードルが高いような気がして、とても気になったのでこのコラムを書いてみました。
皆さまはどう思われるでしょうか?
以上
長文お読みいただきありがとうございました。
Mr.なんへん