元3階級制覇王者「亀田興毅」引退表明ー驕れる者は久しからずー

10月17日(日本時間) WBA世界スーパーフライ級タイトルマッチ
王者:河野公平(ワタナベ) vs. 同級2位:亀田興毅戦が米イリノイ州シカゴで行われました。

結果は、王者・河野公平が亀田興毅を判定(3-0)で下し2度目の防衛に成功!
亀田興毅は、日本選手初の4階級制覇に失敗しその後すぐに引退を表明しました。

※採点は、115-109、116-108、113-111のユナニマスデシジョンでした。

試合内容は、
2R、亀田選手のローブローで河野選手にインターバルが。その直後に河野選手の右ストレートが顔面にヒット、亀田選手がダウン
3Rに亀田選手がまたもローブローで今度は減点。しかも2回も
その後しばらく一進一退の攻防が続くが、相変わらずの亀田スタイル(頭を前に突き出して接近する)でバッティングの危険があり、レフェリーからも度々注意が入る。
しかし今度は9Rに河野選手が相手を抱え込む感じの引き込みで減点を取られるやや荒れた試合に。
両者のパンチの応酬は手数で河野選手有利。時折亀田選手の左フックが当たる。
ダウンは亀田選手の一度のみでしたが、顔面が腫れあがったのは亀田選手。
あきらかに、河野選手のパンチがヒットしていました。

そして判定は、3対0と妥当な結果となりました。

さて、読んで頂いて申し訳ありませんが、そんな試合内容はどうでもよいです。
はっきり言って、世界戦としては減点も多く、見どころが少ない凡戦でした。
河野公平選手には、防衛おめでとうございます!と言いたいと思いますが、
やっぱり、注目は引退表明した亀田興毅選手です。

なんで、こんなことになってしまったのか?

興毅選手12戦目(2006年8月)のWBA世界ライトフライ級王座決定戦でランダエタに勝利し初タイトルを獲った試合の視聴率は42.4%を記録。
22戦目(2009年11月)の内藤大助とのWBC世界フライ級タイトルマッチではなんとボクシング番組史上歴代2位となる視聴率43.1%。
そして、
25戦目(2010年12月)WBA世界バンタム級王座決定戦でアレクサンデル・ムニョスと戦い12回判定勝ちを収めて3階級制覇を達成。視聴率は13.8%
40%を超える視聴率を叩き出し(要するにボクシングファン以外からもかなりの注目を集めていた)
さらには日本人初の3階級制覇王者となったわけで、
本来なら、引退表明となれば、多くのメディアが取り上げ残念に思い、お疲れさまとねぎらいの言葉の一つや二つかけてあげたくなるのが普通だと思うのです。

しかし、その扱いはあまりに寂しいものです。これまでの数々の言動、行為、態度が自らの首を絞めてしまった。
もちろんこれは、興毅選手だけの責任だけではなく、いわゆる亀田ファミリー、特に親父さんの責任が最も大きいのだと思います。
一体、亀田ファミリーは何がしたかったのか?

純粋にボクシングが好きで、強くなりたかったのか、
それとも、お金儲けの手段としてたまたまボクシングと出会ったのか?

興毅選手がまだ10代前半の頃の映像を見てきましたが、そこにはボクシングにかける健気な親子が登場していました。
とにかく親父さんのボクシングにかける意気込み・野心は、半端ではなかった。
でもそれに必死にくらいついていく子供たち。
そこには親父さんに対する恐怖心があったのでしょう。

プロスポーツは、当然ながら、お客さんあってのもの。
それをないがしろにして、勝てばいいだろ的な振る舞いや言動では、結局お客さんにもそっぽを向かれてしまう。
そんな過酷で厳しい世界なんだと思います。
しかし、そこを勘違いして、世間をなめてしまった思いあがってしまった
その結果が、いまの亀田ファミリーの末路だと思います。

驕(おご)れる者は久しからず
自分の地位や権利を笠に着ておごり高ぶる者は、そう遠くない将来に凋落するだろう、という言い回し

凋落は思いのほか早かった。

興毅選手は引退表明時に語りました。
「新たな世界で頑張って活躍していこうと思う。その時は応援してもらいたい」と。

一度落ちた信用を取り戻すには、その何倍もの努力をしなければならない。
これが世の現実。

新たに進む世界がどんな世界かはわかりませんが、
ボクシングのイメージを傷つけ、3階級制覇という輝かしい記録に泥を塗った選手を今はまだ、まったく応援する気にはなりません。
一人で、または家族で頑張って、コツコツと努力していけば、また救う神が現れると思います。

とにかく、これでボクシング引退とのこと。
長い間、お疲れさまでした。それだけは言いたいと思います。

今日のなんへんは、

ボクサー 亀田興毅 なんへん:45

※日本人初の3階級制覇という偉業がかすんでみえます。本当に残念です。

以上
Mr.なんへん



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