夫婦別姓はダメ!最高裁判決でニッポンはいまだ幸福途上国!?

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ご存知の通り、先日、最高裁は、「夫婦別姓」はダメだよ!

という判断を下しました!

これは、夫婦別姓を認めない民法の規定が「違憲」がどうかが争われた訴訟ですね。
この規定とは、民法750条
“夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する”というもの。

なるほど、そもそも結婚したら、嫁となる女性は夫になる男性の名字になる(または嫁家の姓を名乗る)、のは当たり前だと思っている人多いと思います。

でもそれは、民法750条によって”どちらかの姓に統一しなければならない”と決められていたのですね。

お互いのこれまでの姓で婚姻届けを提出しようとしても、却下されてしまうと!

つまり、姓(名字)に自由はないということです!

別に、男性の姓(名字)に合わせろと言っているわけではなく、どちらかに合わせろと言っているだけなので、男女間で不平等ということはないのですが…、実際、96%もの夫婦が「夫」の名字を名乗る現状を考えると、なかなか女性が男性に、自分の名字を名乗ってとは言いづらいでしょうし、まあ、そこまで強く主張する女性もいないとは思います。

しかし、問題は、男女の平等がどうとかの問題ではないです。

あらためていうのもなんですが、唯一の問題は、お互いの名字のままでは結婚できない!ということです。
そこに自由は存在しないということです!

そんなことを法律で決められてしまうことに違和感を感じます。

そこは、自由でいいだろうと。そう思います。

えっ、なに?
もしかしたら、夫婦別姓が認められたら、日本国の家族は、みんなバラバラになってしまうと、そんなことを本気で考えていますでしょうか?

いやいやいや (;’∀’)、「夫婦の絆」って”名字”で決まるものなんですか?絶対違います!

というか、バラバラになってしまうと思う人、不安に思う人は、男性(夫)の、または女性(嫁)の名字に合わせればよい!ただそれだけです。何の問題もありませんよね (;^ω^)

いや、そんなことはないと。バラバラになんてならないよと、これまでの自分が歩んできた名字で生きていきたい、キャリアを積んできた名字で仕事や生活をしていきたい、そして別に姓を統一しなくても、二人の絆(愛)は変わらないと信じている人は、お互いそれまでの名字で生きていけばいい!

どっちもアリ(可)! 選択肢がありますよ!って、ただそれだけのこと

国が、そこまで法律で管理するなんて、大きなお世話!という話なんです。

さて、この裁判で強く感じたことがあります。

それは、最高裁大法廷の判事は15名。そのうち5名が「夫婦同姓義務」に違憲だと判断したんです。女性判事はたったの3名全員違憲としました。男性判事2名も違憲としています。

女性裁判官3人の意見はこうです↓

「女性の社会進出は著しく進み、結婚前の名字を使う合理性や必要性が増している。96%もの夫婦が夫の名字を名乗る現状は、女性の社会的、経済的な立場の弱さなどからもたらされている妻の意思で夫の名字を選んだとしても、その決定過程には、現実の不平等と力関係が作用している」と指摘。
そのうえで、「多くの場合、女性のみが自己喪失感などの負担を負うことになり、両性の平等に立脚しているとはいえない。今の制度は結婚の成立に不合理な要件を課し、婚姻の自由を制約する」として、憲法違反だと結論づけた。
また、男性裁判官も、「同じ名字でなければ夫婦が破綻しやすいとか、子どもの成育がうまくいかなくなるという考えは根拠がない」などとして憲法違反だと判断した。
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※上記の”憲法違反“とは・・・日本国憲法第24条
・婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
・配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
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どうですか!

読んで納得の「違憲」という意見だと思いましたが・・。

男性裁判官の意見 →「同じ名字でなければ夫婦が破たんしやすいとか、子どもの成育がうまくいかなくなるという考えは根拠がない」

この意見は正しいです!

なぜなら、外国を見れば明らかです!
別姓制度を設ける国は多く、(夫婦の姓をつなげた「結合姓」を認める国もある)。法律で同姓を義務づけている国は世界を見渡しても日本しかないとされるからです。

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もし、同じ名字でなければ、夫婦関係が破たんするとか、子供の成長がうまくいかないなら、日本以外の世界中の国が今頃崩壊していますよね(笑)

そんなことは100%ないわけです。(-ω-)/
いや、逆に北欧等の先進国に比べて「日本」の幸福度が非常に低いことを考えると、同じ名字とかそんな小さなことを法律で定めるような不自由な国だからこそ、幸福度が低いのかもしれません。

で、私があらためて驚いたこととは、
最高裁も結局多数決なんだなぁということです。
今回、最高裁大法廷の判事15名。結果、10対5で、「合憲」側の勝ち!

なんか法律って、すごいキッチリ決められていると思ってしまうのですが、やっぱり人間が作って人間が運用しているってことなんですよね。別に神様が作ってこうしなさいと言ってるわけじゃないのです!
今回「合憲」に賛成した最高裁判事たちの年齢はほぼ60歳以上のオジさんたちばかりですし・・、この平均年齢があと10歳若返ったら、もしくは、あと3人女性が加わっていたら、この判決もどうなっていたか分からないのです!
つまり、どうとでもなる判決ということ。

それは、この民法750条が、明治時代に作られたもので、それ以前の日本は「夫婦別姓」だったという事実からも明らかです。明治時代に統一的な家族モデルとして「家」制度を作り、戸主(こしゅ)と呼ばれる一家の長が、家族を代表してまとめるとして「戸主」は原則として男性とされたため、結婚によって妻は夫の「家」に入り、同じ姓を名乗ったと。女性は男性より下に扱われていたのです。

男女平等の精神はまったくナシです (;^ω^) 現憲法では違憲です!

そんなものなのか、法律って!?(;’∀’)

さて、少し話が長くなってしまいましたが、
タイトルにある「最高裁判決でニッポンはいまだ幸福途上国!?」についてご説明します。

私は、『幸福』っていったい何なんだろう?と考えることが多くて、壮大なテーマなので、なかなか結論などでるわけではないのですが・・、『幸福』に関する書物も、五木寛之や宇野千代といった日本の作家さんたちから有名なフランスの哲学者アランの「幸福論」とか、経済学者や心理学者などが書いた幸福に関する本(タイトルに”幸福”というワードが入っていれば気になって)を40冊以上読んできました。
『幸福』に関しては、社会や宗教、哲学など様々なアプローチがあって、どれも『幸福』や『幸せ』に対しての回答やヒント・示唆、手掛かりが提示されている中で、私が最も納得した・共感した本が「幸福途上国ニッポン」という新書本でした。
「幸福途上国ニッポン」-新しい国に生まれかわるための提言- (2011/6/24)著者:目崎 雅昭氏

この本は、個人個人の幸せに対する考え方とか、こう生きたら幸せになれるというようなノウハウ的な本でも宗教的な本でもなく、『幸福』な社会とはどういったものかを追及している本です。

本の紹介は別の機会にゆずるとして、今日は、その中で、世界の各国の“幸福度に結びつく条件”とは何か?を調べた第一章だけ紹介して終わります。今回の判決に関連するだろう興味ある内容です。

それは、下記8つの条件がその国の『幸福度』にいかに関係しているのかをそれぞれ考察しているものです。その8つの条件とは!

① 気候(太陽):南国に住む人々は、北極圏の人々より幸せなのだろうか?
② 平均寿命:長寿国は『幸福度』が高いのだろうか?
③ 自殺率:自殺や自殺未遂をする人は、不幸な可能性が高い。それならば、自殺率と『幸福度』に相関関係はあるのか?
④ 出生率:出生率(1人の女性が一生で産む子供の平均人数)と『幸福度』は関係があるのか?
⑤ 宗教:宗教は、人を幸福にするのだろうか。
⑥ 経済(雇用):経済発展で『幸福度』が上がるのだろうか。
⑦ 格差:格差の大きい社会は、幸福度を下げるのだろうか。
⑧ 地域主権:地方自治が進めば『幸福度』が高くなるのだろうか。
⑨ 寛容さ(個人への寛容さ):個人への寛容さ=性的少数派、男女平等指数、男女格差は『幸福度』とどんな関係があるのか?

①~⑧、どれも人々の『幸福』に、密接に関係している条件だと思いませんか?

しかし、実際に『幸福度』との相関関係が強いのは、⑧となんです。

詳しく知りたい方は、ぜひ「幸福途上国ニッポン」読んでみてください。
“目からうろこ”間違いなしですから( `ー´)ノ

では、寛容さ(個人への寛容さ)について簡単にご説明します。

寛容さとは、見た目、思想、行動、言動などあらゆる違いを尊重して、平等の権利を持つことである。
つまり、寛容な社会(国家)では、人生における選択肢が広がることになる。

そういう意味で、目安となるのが、各国の性的少数者の地位と男女平等指数及び男女格差なのです。

結果:世界の『幸福度』を調べたなかで、『幸福度』の高い国では、同性結婚を認めているケースがほとんどであり、同性結婚を認めていない国で『幸福度』の高い国はない!
また、世界で最も「男女平等」が進んでいる国は、幸福度の高い欧州諸国が独占している。

日本の男女平等指数は、134ヶ国中101位である(書籍の出版年2011年)。これは、最下位を独占するイスラム教国を若干上回る程度であり、特に、同一労働での男女給与格差、女性の労働参加、女性の管理職の数、専門職の数、女性国会議員、女性大臣等が少ないということ。
女性国会議員の数では、各国の男女平等の象徴的な役割を表しているのですが、日本の女性の割合は、先進国で断トツに最下位である。(韓国も同程度)

もちろん、日本は、法的に同性結婚」は認められていません。
・・、
・・・(”^ω^)

そんな中での、先日の夫婦別姓認めない規定に対する最高裁の「合憲」という判断です。

これは、明らかに個人(要するに夫婦別姓を認めてほしいという少数派)に対する寛容さのなさであり、国民一人ひとりの自由に対して国が口出しをするという、先進国ではあり得ない非寛容さなんです。

しかもしかも、先日の最高裁大法廷の判事は15名で、そのうち女性判事はたったの3名。
もう、少数派に対する寛容さもなければ、男女平等という観点からもダメダメなんですよ!

ということは、日本が、なぜ、様々な『幸福度』を図る調査において、先進国においていつも『幸福度が低い』との結果になるのかという疑問の一つの答えなんだと思うのです。

少数派の意見なんか聞かなくても・・、国の『幸福度』や自分の幸せにはなんも関係ないだろうと、
思ったとしたら実は大間違いなんだと私は思います。

少数派の人々が、生きづらいと思う国は、言ってみれば、”イジメ”を見て見ぬふりをしている国なんだと思います。で、イジメを見て見ぬふりをしている人は、少し罪悪感があるものです。本当なら、イジメなんてしなければいいのにって心のどこかで思っているのです。別に自分がイジメられているわけではないのに。それって、皆が幸せな状況なんでしょうか。自分は関係していなくても、自由を侵されている人が周りにいれば、決して自分も心から幸せだと言えないのだと思います。
だから、無意識かもしれませんが、少数派(イジメられている人)が自由を獲得できない国は、自分が多数派の側であっても、『幸福度』が低くなってしまうと私は思います。

日本の最高裁が下した判決は、実は、日本人の『幸福度』を下げる結果につながっているかもということを、少しでも認識して頂けたらなぁと思います。

以上

夫婦別姓はダメ!最高裁判決でニッポンはいまだ幸福途上国!? でした。

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Mr.なんへん

   

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